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SNS映え消費の背景

二次的なオンラインから二次的なオフラインへ

先だってSNS映え消費について新聞社から取材を受けました。そこで考えたあれこれを書いておこうと思います。

SNS映え消費とは、InstagramやFacebook、Twitterなどsocial mediaに載せるために食べ物や経験などをすることが広がっているということらしい。そういったお題をいただきあーでもない、こーでもないを考えました。

まず、その背景にはモバイル機器(スマホ)、Social Mediaの普及によって、「いつでも・どこでも=ユビキタス」から「今・ここで」の時代に移行したことが一番にあると思います。また文字・写真・動画とある中で、もちろん動画が一番「リアル」に近いかもしれませんが、編集やアップロード速度、容量など技術的なところに加えて、加工による「リアリティ」を演出できるところも含めると写真が一番、受け入れられているかなと。

また高感度女子を中心に食べログなどの文字情報中心の情報検索からInstagramでのイメージによる検索が広まってきたこともあると思います。例えば、焼肉店を探すときにgoogleで「焼肉」と検索したりするのではなく、Instagramで「#焼肉」で検索します。さらに言えば、Instagramなどで何十万人・何万人というフォロワーがいるハブとなる人がネタを探す+お店側からするとそのためのネタ提供という一面もあると思います。

W. J. オングのいう「二次的な声の文化」になぞらえて言えば、「二次的なオンライン文化」から「二次的なオフライン文化」への移行かと。オンラインとオフラインを別の世界として切り分けるのではなく、それを前提に組み立てられている、という状況です。少し前まではsocial mediaというと「オフラインを前提としたオンライン」でした。実際の人たちがつながるメル友、mixi、セカンドライフ、facebookなどなど。その次のフェーズとして、先ほど述べた「オンラインを前提としいたオフライン」という時代になっていると思います。トッティキャンディなど食べ物系、マリオカードなど行動系、他にもリムジンパーティーやハロウィン含めたサプライズ文化などもそれにあたるのかなと思っています。

こうした環境を前提として「承認欲求」を得るためのコミュニケーションの「閾値」が下がったことが大きいと思います。スマホやSNSがない時代に写真で自慢しようとすると、カメラで撮る・現像する・見せる(あるいはデータを取り込む・アップロードする)というように今から考えると多くのハードルがありましたが、今はそうではありません。

social mediaによる承認欲求はこれまでも指摘されていました。しかし、現状を考えると、「承認欲求」と一括りできるのではなく、いくつかに分けて考える必要があるかなと思い始めました。まだざっくりですが、Twitter↔Instagram、仲間↔不特定多数の2軸で考えられるのではないかと思っています。つまり、Instagramで仲間内に見せる、Instagramで不特定多数に見せる、Twitterで仲間内に見せる、Twitterで不特定多数に見せる、のはそれぞれ少しづつ異なる承認欲求なのではないかと考えています。

今回の「SNS映え消費」に関して言えば、「記念の形をした無意識の自慢」をくすぶるサービス・商品と言えるのかなと。

しっかりと調査したものというよりは、渋谷・原宿を歩いたり、学生などと話したりする中でざっくりと思ったところですが、機会を見つけてこの辺りもしっかりと研究してみたいと思います。